活躍する住民
~早朝から、店先に会話が集まる。『かっぱ市』がつなぐ人と暮らし~ かっぱ市 社長 井上健一さん
芸西村の国道沿いにある「かっぱ市」。店内には、地元の農家が育てた野菜や花、鮮魚、手作りのお弁当や総菜などが並びます。
地域の農産物を販売する直売所でありながら、出品者同士が交流する憩いの場でもあり、買い物が難しい高齢者には移動販売で商品を届けるなど、地域の暮らしを支える役割も担っています。
今回は、建設業を営みながら、かっぱ市の代表取締役を務める井上さんに、これまでの歩みや日々の運営、芸西村の未来について伺いました。

前任者から引き継ぎ、代表取締役に
かっぱ市の代表取締役をしています。前任者の時代から、10年ほど取締役を務めていました。前任者が退任されることになり、自分が引き継ぎ、代表になりました。
もともと私は、建設業を自営でやっているので、かっぱ市では決裁や契約などを中心に担当し、日々の販売や店舗運営については、店長、副店長に担当してもらっています。
お店自体は、ほとんど従業員のみなさんが回してくれています。私は1日に1回ほど店に来て、新しい出品者さんの話を聞いたり、何かあったときの相談に乗ったりしています。
地域の人たちの持ちよりから始まった かっぱ市
かっぱ市は、どのように始まったのでしょうか
20年以上前に、地域の人たちが品物を持ち寄ったことが始まりだと聞いています。物々交換というほどではないですけど、「こんなものを作った」「これ、えいね」と、みんなで持ち寄っていたそうです。
その頃、私は東京で仕事をしていました。
結婚して、子どもが小学校に入るタイミングで芸西村に帰ってきて、父の後を継いで建設業をやっています。その頃のかっぱ市は、現在の3分の1ほどの広さしかありませんでしたが、平成24年頃に増築して今の形になっています。
東京から芸西村へ帰ってきて
それほど大きく変わったという印象はなかったですね。
ただ、一番大きかったのは、ローソンができていたことですね。私が芸西村を出た30年ほど前は、コンビニ自体がほとんどありませんでしたから、「ローソンがある。便利になったな」と思いました。
妻は東京出身なんです。結婚式も芸西村で挙げたのですが、周りの人が何を言っているのか分からなかったようで、私が通訳していました。
今ではすっかり慣れて、東京の友人からは「なまったね」と言われているみたいです(笑)。
「かっぱ市」という店名の由来は?
それが、分からないんですよ(笑)
私は芸西村で育ちましたが、「この川にかっぱがいた」という話は聞いたことがなかったんですよね。
平成7年に、ごめん・なはり線の各駅のキャラクターが決まった際、和食駅のキャラクターがかっぱ(和食カッパ君)になっていたんですよね。そこから「かっぱ市」という名前になったのかもしれません。
川の中にかっぱの像もありますから、昔、何か伝説があったのかもしれませんね。
現在の出品者数は?
登録されている方は全部で200人ほどです。実は今が一番多いんです。
みなさんが一年を通して出品しているわけではなく季節によって出したり出さなかったりしますね。やっぱり夏場は、野菜が少なくなる時季でもあります。
当初は、芸西村内の地場産品を販売することが目的でした。ただ、出品者の高齢化が進んだこともあり、村内の方だけでは商品が減ってしまいます。
なので現在は安芸市や室戸市など、近隣の方からも出品してもらっています。高齢化で辞めていく方もいらっしゃいますが、その一方で新しい方も入り、全体としては人数が増えています。
新しく出品したいという方には私が対応しています。まずは人柄を見ますね。村内の人であれば、周りの人に聞けば、だいたい誰か分かるんです。
若い方が来たときも、「おじいちゃんの名前は?」と聞けば、「ああ、知ってる知ってる」とつながります。
印象に残っている出品者さんは?
基本的に、癖が強い人が多いです(笑)。
でも、癖は強くても悪い人はいないですよ。
開店前の店先は、出品者たちの憩いの場
4月から10月は夏時間で、朝6時から納品が始まります。11月からはまだ暗いので、朝7時からになります。お店の営業は8時からです。


商品が最も充実する時期は?
11月、12月頃ですね。
ピーマンやトマト、大根、白菜などの野菜が並びますし、水産物もあります。芸西村は花の生産も盛んなので、トルコギキョウやブルースターなども並びます。
お盆の時期の土日は、花が特に多いですね。サカキなども含めて、大きなバケツに入った花がたくさん並びます。
ただ、商品は季節に大きく左右されます。魚も一年中いる種類がある一方、時期によっては少なくなりますし、野菜も夏場は品数が減りますね。
朝は納品に来た地元のおばちゃんたちが、6時半頃から店の入り口で30分くらい、ずっと楽しそうんにしゃべっています。憩いの場になっていますね。商品を作って出すことが、やりがいにもつながっていると思います。
従業員も、「今日はこれがないから、あったら持ってきてほしい」と声をかけます。すると、「足らんもんは、あとで持ってくるわ」と、その場で商談が成立したりとか(笑)。
店の入り口には、生け花のように花が飾られているのですが、それも出品者さんたちが朝来て飾ってくれているんです。きれいですよね。
お客さまは芸西村の方が多い?
村外や近隣地域から来てくださる方も多いですよ。特に土日は多いですね。
高速道路の降り口が近いので、行きに店を見て、帰りにちょっと寄ってみようという方もいます。
土日は、午前中に一気に売れて、午後は商品が少なく店内が閑散としてしまうくらいです。
地元の仕出し屋さんが作ったお弁当や総菜などもあり、野菜と一緒に買って帰る方が多いですね。

従業員の優しさも、かっぱ市の魅力
代表としてのやりがいは?
先々代の社長は、ちゃきちゃきした『はちきん』の女性で、「こんなふうにしたい」とよく相談を受けて一緒に考えながら進めていました。
今は私自身も建設業があるため、かっぱ市のすべてに関われているわけではありません。ただ、従業員のみなさんが仲良くやってくれていますし、出品者さんからも「従業員のみなさんが優しくて、気を遣ってくれるからうれしい」という話を聞きます。
そういう話を聞くと、ありがたいですね。
移動販売で、買い物と見守りを支える
店舗での販売だけでなく、電話を受けて商品を届けることもやっています。
お店から離れた場所に住む高齢の方など、買い物に出るのが難しい方がいらっしゃいますよね。特に暑い夏は、外出するだけでも大変です。そういった方々のために、冷蔵車を使って移動販売をしています。外にかっぱの絵を描いた冷蔵車がありますよ。
電話がかかってきて、「今日はどんなお弁当がある?」「おすすめは何?」と聞かれることもあります。希望を聞いて、各地域のふれあいセンターや、芸西病院、洋寿荘などへ商品を届けています。
地域の方にとって、欠かせない存在ですね
そうですね。役場からの依頼を受け、見回りのような役割も兼ねています。
かっぱ市の商品だけでなく、サンシャインやコーナンなどで、トイレットペーパーなどの日用品を買い、届けることもあります。
ただ商品を販売するだけではなく、地域の人と顔を合わせて、様子を確認する。そういう役割も担っていると思います。

とれたての野菜を、ふるさと納税で全国へ
ふるさと納税の返礼品も扱っていますね
はい。かっぱ市では、野菜が中心です。
ピーマンやナス、タマネギなど、いろいろな野菜を詰め合わせて返礼品にしています。
野菜以外では、冬の白玉糖やお米なども扱っています。
今インタビューをしているこの場所も、ふるさと納税の返礼品を、みんなで仕分けるために3月に新しく作った場所なんです。
通常、農家さんが出荷した野菜がスーパーなどを通じて届くまでには、一週間ほどかかることもありますが、かっぱ市から返礼品として発送すれば、2、3日ほどで届けられます。朝採ってきた野菜を、新鮮なまま送ることができるんです。
地元の農家さんの収益にもつながりますから、もっと注文が増えてくれたらいいなと思います。
「ここでしか買えないもの」を増やしたい
今後の かっぱ市について
お土産になるような商品を置いてもいいかなと思っています。
あとは、どこにでもある商品ではなく、『かっぱ市にしかないもの』があったら良いなと感じています。
ただ、今は新しく食品やお弁当を作るにしても、保健所の許可などが厳しくなっています。以前は手作りの漬物なども販売されていましたが、今は難しくなりました。あれは残念ですね。
他の地場産品を扱う直売所さんと研修会などを通じてお話する機会があるのですが、「こんな商品があるなら、お互いに置いてみませんか」と情報交換をすることもあります。
新しい商品が入荷したときには、従業員がInstagramで発信してくれています。
お店の空気感が伝わるInstagramですね
そうですね。映えは求めていないので(笑)。
でも、入荷した商品や店内の様子など、その場の臨場感をうまく伝えてくれていると思います。
私もお昼頃に投稿をチェックしていますよ。

思い出の詰まった琴ケ浜
芸西村のおすすめスポットは?
それはもう、琴ヶ浜しかないですね。
今は遊泳禁止になっていますが、子どもの頃は海で泳いでいました。防風林の近くでも、野球やサッカーをしてよく遊びましたね。
今は、毎朝と毎晩、2匹の犬を連れて散歩をしています。
小さい頃から見てきた場所なので、やっぱり琴ヶ浜には思い入れがありますね。
若い人が働き、暮らせる村へ
今後の芸西村について思うこと
私自身、一度村を出て、帰ってきて事業を継承しました。そういう経験があるからこそ、若い人が芸西村で働ける環境が必要だと思っています。
芸西村では、子どもが家業を継いで働ける仕事として、農業が多いです。
もちろん農業でもいいですが、それだけでなく、新しい事業を始めたり、会社を経営したりする選択肢も必要です。農業をするにしても、経営として規模を大きくしていく方法もあると思います。
若い人が村に残り、働けるようになってほしいですね。
私も、いつまでかっぱ市の社長を続けられるかは分かりません。将来を考えると、若い従業員も採用していかなければならないと思います。
私が所属している商工会も、役員や商工業者の年齢が上がっています。そこも何とかしていかなければならない。誰かが事業を大きくしたり、お互いに協力したり、新しい事業所を立ち上げたりして、若い人が働ける場所を作っていくことが大切だと思います。
若い人が芸西村に住んでくれる。それだけでも、地域は大きく変わっていくと思います。
【取材後記】
地元の農家が育てた野菜を販売し、出品者同士の交流を生み、買い物が難しい人のもとへ商品を届ける。朝の店先では会話が生まれ、店内では季節ごとの農産物が人の手から人の手へ渡り、移動販売車は地域の暮らしを見守りながら走っています。
井上社長は、日々の運営を支える従業員や出品者への感謝を口にしながら、若い世代へ地域をつないでいく必要性について語りました。
かっぱ市は今日も、芸西村の暮らしの中に溶け込みながら、地域になくてはならない存在であり続けています。