Follow us

特集

FEATURE

「このお味噌を、なくしたくない」から始まった。手づくり工房 miso 大井規史さん・聖心さん

芸西村で、国産の素材にこだわった手づくり味噌を作る「手づくり工房miso」。
工房を営むのは、大井規史さんと聖心さんご夫妻です。

お二人の味噌づくりの原点には、ある手づくり味噌との出会いがありました。

家族のために作り始めた味噌が、子育て仲間へ、その家族へ、そしてまた次の人へ。
少しずつつながりが広がり、今では味噌づくりだけでなく、食育や味噌づくり体験などを通して、「みんなに健康でいてほしい」という思いを届けています。

今回は、味噌づくりの始まりや大切にしていること、芸西村での子育て、そして食と健康への思いを伺いました。

子育てをするなら、高知で

芸西村で暮らすようになったきっかけは?

規史さん
僕は芸西村出身なんですが、大学の頃から県外に出ていて、16年くらい離れていました。子どもが幼稚園に入る頃に、このまま県外で暮らしていくのか、高知へ帰るのかを考えるようになって。

子育てをするなら、やっぱり高知がいいなという思いがありました。仕事でも高知に貢献したいという気持ちがあったので、それもあって帰ってきましたね。

聖心さん
私は沖縄出身なんです。
福岡で仕事をしていた頃に主人と出会って、その後、奈良にも住んで、高知へ来ました。高知へ来ることに、私はあまり不安はなかったですね。

沖縄を出た時点で、私の中ではもう全部「違う場所」なんです(笑)新しいところへ行ったら、新しい発見がある。それぞれ面白いなと思っていました。

「ものじゃない豊かさ」が、ここにはある

聖心さん
便利さだけで言ったら、都会には負けますよね。でも、自然だったり、ここにしかないものがある。

私は、「ものじゃない豊かさ」を感じています。「これがないと楽しめない」じゃなくて、なかったらなかったで、「じゃあ、どうやって楽しもうか」って考えられる。そういう暮らしも面白いなと思います。

子どもたちも川へ行って、魚を捕って、それを料理して食べたりします。私は沖縄出身ですけど、そういう川遊びの経験はなかったので、主人が子どもの頃にやっていた遊びを、今度は子どもたちに教えているんです。

規史さん
小さい頃に体験したことって、ずっと記憶に残っているんですよ。それが楽しい思い出だったら、地元のことも好きになると思うんです。僕自身も、やっぱり帰ってくると川へ行きたくなりますからね。

聖心さん
捕って、料理して、食べて、「おいしい、また捕りに行こう」ってなる。そういう体験って、ものでは買えないですよね。次はどう料理しようかなって考えるのも楽しいですし、ここだからできることだなと思います。

「このお味噌を、なくしたくない」

お味噌づくりを始められたきっかけは?

規史さん
僕は以前、健康食品の会社に勤めていて、食育講座やセミナーの講師をしていました。その頃から、「和食は大事ですよ」「味噌や発酵食品は大事ですよ」という話をずっとしていたんです。

高知へ帰ってきて、自分で仕事をするようになってから、もっと身近な「食」を通して伝えられることがないかなと考えていました。

聖心さん
その頃、主人のセミナーに来てくださっていた安芸市の小松さんという方が、手づくりのお味噌を作られていたんです。それが普通に、本当においしくて。私たちの家でもずっと食べていて、子どもたちも大好きでした。

でも小松さんが年齢のこともあって、「もう味噌づくりをやめる」とおっしゃったんです。その時に、「このお味噌をなくしたくない!」と思いました。もう、私たち家族の食生活の中で大事なものになっていたんですよね。
子どもたちの食べっぷりを見ても、健康を守るという意味でも、この味噌を残したいと思いました。

最初は、家族が食べる分だけ

聖心さん
小松さんに相談したら、「まずは場所を貸してあげるから、自分たち家族が食べる分を作りなさい」と言ってくださって。そこから教えていただきながら、家族の分を仕込むようになりました。

当時、子どもが幼稚園に通っていたママ友とのつながりで、子どものサイズアウトした洋服をいただいたり、物々交換をしたり。うちは男の子ばかりなので、お返しできる洋服もなくて。

それで、「私が作ったお味噌だけど」って、お返しに渡すようになったんです。

そうしたら、「それまでお味噌汁をあまり食べなかった子供が、この味噌だったら食べた」と言ってくれて。「この味噌が欲しい」「分けてほしい」と言ってくださるようになりました。そこから「材料費を出すから一緒に作ってほしい」という人が出てきて、少しずつ作る量が増えていったんです。

食で困っているお母さんの役に立てるなら

聖心さん
その時に、こんなに食のことで困っているお母さんたちがいるんだって気づいたんです。だったら、お味噌を通して何か役に立てるかもしれない。主人もずっと健康に関わる仕事をしていて、私自身も健康はすごく大事だと思っていました。

「この味噌を残したい」という思いと、「食を通して誰かの健康に貢献したい」という思いが、そこでつながったんです。子育てをしながら、「じゃあ私には何ができるかな」って考えて、それが今の形につながっています。

「こんな感じ」を、自分の感覚に

聖心さん
小松さんから味噌づくりの一通りの流れを教えていただきました。でも、小松さんは本当に「感覚」で作るんです。
昔の方がお漬物を漬けたり、料理をしたりするのと一緒で、「こんな感じ」なんですよ。麹の粒の感じとか、香りとか、温度とか。「香りが変わったから、ちょっと冷ましてあげよう」とか。
それを見て、自分なりに受け取っていく感じでした。

もっと勉強したいと思って、仙頭酒造場でも働かせていただきました。日本酒と味噌は、麹を作るところなど途中まで共通する部分があるので、そこで食品衛生や麹についても勉強させてもらいました。

発酵って、菌とのお付き合いなんですよね。いい菌まで殺してはいけないけど、良くない菌は抑えないといけない。
すごく難しい世界です。

妊娠、出産、そして工房も一緒にスタート

聖心さん
ちょうどその頃、四男がお腹にできたんです。これからどうやって動いていこうかな、と考えていた頃に、お味噌でつながった方の中で、この場所を見つけてくださった方がいて、「こんな工房にしたい」と私が描いた絵をもとに、形にしてくださる方がいて、資金面でも力を貸してくださる方がいて・・・いろんなご縁がつながってこの工房ができていきました。

臨月の時に契約していましたからね(笑)。出産して、赤ちゃんの首がすわった頃には、ここで授乳をしながら味噌を作っていました。だから四男の妊娠、出産と、この工房はほとんど一緒にスタートしたような感じです。

「手づくり工房miso」

聖心さん
お店の名前は、小松さんが使っていた屋号を受け継いで使わせていただいたものです。小松さんは「手づくり工房 味噌」だったのですが、そこにもっといろいろな人に味噌を身近に感じてもらいたいという思いを込めて、「味噌」をやわらかな印象の「miso」にしました。

ラベルを作ってくれたのも、子どもの幼稚園のママ友なんです。「そういえば、あのお母さん、保護者会の時に看板を作るのが上手だったな」って思い出して(笑)。相談してみたら、もともとデザインのお仕事をされていた方だったんです。その方もちょうど「またデザインの仕事をしたい」と思っていたタイミングで。
本当に、子どもを通して出会った人たちと一緒に作り上げてきた感じですね。

食べた方からは、どんな声がありますか?

聖心さん
皆さん、具体的にはあまり言わないんですが、でも「これだった」って。「この味が好き」とか、「また食べたい」とか。

もちろん香りだったり、甘みだったりという特徴はあると思うんですけど、「これだった」というのは、それぞれの感覚なんでしょうね。
一度別のお味噌を食べた時に、「やっぱり違う」と感じて戻ってきてくださる方もいます。

規史さん
本能的に「おいしい」と感じてもらえているのかもしれないですね。

聖心さん
ありがたいことに、定期的に買ってくださる方もいますし、リピーターさんがお友達に分けてくださって、その方がまた来てくださったり。看板もほとんど出していないんですけど、口コミで少しずつ広がってきました。

聖心さん
お味噌づくりは冬は冬で寒いですし、夏は火を使うので汗だくです。
特に夏は、麹の温度管理にすごく気を使います。発酵と腐敗って紙一重なんです。元気に育っていた菌も、温度が上がりすぎればダメになってしまう。だから、特に夏場はそばについて見ていないといけません。

一年中同じように作ればいいわけではなくて、気温や湿度を見ながら、その時の状態に合わせていく。そこは今でも毎回向き合っています。

味噌汁は、もっと自由でいい

―――ご家庭では、どんなお味噌汁を作られますか?

規史さん
昆布だったり、添加物の入っていない粉末のだしだったり、その時々でいろいろですね。

聖心さん
「絶対にこれじゃないとダメ」というのはないと思っています。
このだしとこのだしを組み合わせてみようとか、今日はこの具材にしてみようとか。その楽しみを味噌汁で感じてもらえたらいいですよね。

高知に来てびっくりしたのは、ナスのお味噌汁にそうめんを入れること(笑)。沖縄にはなかったので、「お味噌汁にそうめん入れるんだ!」って。でも食べてみるとおいしいんですよ。そういうふうに、それぞれの家庭の食べ方で楽しめるのも、味噌汁の魅力だと思います。

作って、待って、育てて、食べる。味噌づくり体験や食育講座

規史さん
味噌づくり体験では、作り方だけではなく、最初に食について少しお話をします。ごはんと味噌汁って、本当に当たり前のものなんですけど、だからこそ大事にしてほしいと思っています。

子どもの成長にも、大人の健康維持にも、年齢を重ねてから元気に過ごすためにも。お米と発酵食品という、日本の昔からの食事を伝えていきたいですね。

聖心さん
味噌って、作ったらすぐに食べられるものじゃないんです。半年、7か月、1年。自分の好きなところまで待って、育てていく。今って「待つ」ということが少なくなっていますよね。だから、作って、待って、育てて、最後に自分で食べる。その経験も一緒に楽しんでもらいたいんです。

聖心さん
これ、四男が仕込んだお味噌なんです。

同じ材料を使っていても、作る人それぞれの常在菌が入るので、一つとしてまったく同じお味噌にはならないんです。親子で大豆を潰して、混ぜて、自分の手で仕込んでいく。そこから半年、1年と時間をかけて育てて、最後は自分たちで食べる。

子どもたちも、味噌づくりをしている時は、泥団子を作るような感覚なのかもしれません(笑)。
でも、手で触って、自分で作ったものが、時間をかけて味噌になっていく。

そして最後に、「僕が作ったお味噌」と家族で食べる。
そういう経験から、食べることに興味を持ったり、自信につながったりしてくれたらいいなと思っています。

聖心さん
子どもたちにも味噌汁づくりに参加してもらっています。「今日は何のお味噌汁が飲みたい?」って聞いて、「冷蔵庫にキャベツと玉ねぎとこれがあるけど、どうする?」って。

最後にどのお味噌を使うかも、子どもに選んでもらったりします。仕上げをお願いして、「今日は僕の味噌汁」って、家族に出す。みんなに「おいしいね」って言ってもらったら、それが自信にもなると思うんです。

自分が作ったものを家族で食べる。「これを使って、次は何を作ろう」と一緒に考える。そこに会話が生まれたり、家族のつながりが生まれたり。

今は食事中でもスマートフォンを見て、家族で話をしないことも増えていますよね。だから私は、食で家族をつなぎ止めたいという思いもあります。

めざすのは、「みんなが健康でいること」

味噌づくりを通して

聖心さん
お味噌をつくること自体がゴールではないんです。味噌を食べてもらって、家族で食卓を囲んでもらって。

その先で、みんなが健康になってくれたら、それが私たちにとって一番幸せです。健康でいられたら、自分が本当にしたいこともできますよね。そのために私たちに何ができるんだろうって、いつも二人で話しています。

規史さん
僕も普段から健康に関わる仕事をしているので、芸西村全体が、小さい子どもからご年配の方まで、健康で楽しく生活できる村になってほしいと思っています。その中で、この味噌が少しでも役に立てたらいいですね。

「経験して知る」ができる村に

聖心さん
芸西村って、いろんな体験ができる場所だと思うんです。ナスやピーマンを育てている農家さんがいて、私たちみたいに味噌を作っている人もいる。

それぞれで活動しているけれど、それがもっとつながって、「芸西村に住んでいたら、いろんな体験ができる」となったら面白いですよね。
スマートフォンで情報を見ることと、実際に経験して知ることって、全然違うと思うんです。

規史さん
子どもたちがいろんな経験をして、「また芸西村に帰ってきたい」と思えるようになったら、一番いいですよね。地方の一つのモデルになるような村になったらいいなと思います。

【取材後記】
聖心さんのあたたかく親しみのある話し方と、そばで優しく言葉を添える規史さんの穏やかな語り口。

柔らかな光が差し込む明るい工房でお話を伺っていると、お二人が大切にしている「食べること」「家族のこと」「健康でいること」が、どれも自然につながっているように感じました。

家族のために始まった味噌づくりが、人とのご縁をつなぎながら、少しずつ誰かの食卓へ。
お二人のつくるお味噌も、この場所も、そこに流れる時間も。すべてがやさしい雰囲気に包まれていました。